皆さんは「スタイルガイド」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「スタイルガイド」とは、簡単に言えば、プロの翻訳者や翻訳会社が訳文を作るときに従う、スタイルのルール(表記規則)をまとめたものです。実はこの「スタイルガイド」は、翻訳の成果物の出来映えすら左右しうるものです。本記事では、その具体的な中身や、スタイルガイドを用いるメリットについて詳しくご紹介します。
目次
Toggleそもそも「スタイル」とは
そもそも「スタイル」とは何でしょうか。具体例を挙げて簡単にご説明したいと思います。以下の4つの文章例をご覧ください。これらはまったく同じ文章ですが、スタイルを変えるとずいぶん変わって見えます。
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィキペディア
見た目の印象や読みやすさがずいぶん変わらないでしょうか。同じ文章なのに、長さも異なります。違っているのは、英語や数字、かっこの半角・全角、記号と文字、数字の間のスペーシング、カタカナ複合語の区切り方などです。スタイルとは、このような、文章を書くときの表記規則のことです。そしてスタイルガイドとは、その表記規則を文書にまとめたもののことを言います。
スタイルガイドの中身
では、スタイルガイドではどんな規則が定められるのか、具体例を挙げてご紹介します。
全角と半角の使い分け
英数字や記号などを全角と半角のどちらで表記するか。
スペース
かっこ類や英数字などの前後に半角スペースを入れるかどうか。
カタカナ語の表記に関する諸規則
カタカナ語複合語の区切り
カタカナ複合語をどう表記するか。具体的には、中点や半角スペースで区切るかどうかです。たとえば「インフォメーションテクノロジー」というカタカナ複合語は以下の3パターンで表記が可能です。
長音(音引き)の有無
カタカナ語の末尾に長音記号を付けるか、付けないか。「3音以上の言葉の語尾には長音符号を付けない」のように、文字数を基に定められることや、「英語の語末のgyに当たる場合は省く」のように、英語の綴りを基に定められることがあります。
製品名など固有名詞の扱い
英語のまま表記するか、カタカナ語で書き表すか、など。英語の発音のままではないが日本で通用している名称で書き表す、といった規則が定められていることもあります。
単位や通貨の表記
たとえば原文でヤード・ポンド法が使われていた場合にメートル法に換算して訳出するか、ドルやユーロなど外国の通貨を日本円に換算するかなどです。
文体など
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- ですます体(敬体)・だである体(常体)の使い分け
- 使用してはならない表現
ブランドによって推奨されていない言葉もあります。
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- 「完璧」「永久」「最高」など、日本の景品表示法との絡みで誇大表現と捉えられかねない表現
- 文化的な経緯やダイバーシティの観点から、差別表現と捉えられかねない表現
逆に、ブランドの個性を表現するための言葉遣いや表現方法が定められていることがあります。
数字や日付の表記方法
数字の桁区切りを使うか(「1,000」か「1000」か)、日付の形式には「2025/1/1」、「2025/01/01」、「2025年1月1日」のどれを使うかなど。
以上、スタイルガイドに定められる諸規則の一部をご紹介しました。これらの規則は、翻訳されるコンテンツの種類や目的、対象読者によって変わることもあります。医療文書、法律文書、マーケティング資料、技術マニュアルなど、分野ごとに異なるスタイル・スタイルガイドが必要となることも少なくありません。
スタイルガイドを利用するメリット
「このような細かい表記規則を定めることにどんな意味があるのか」「スタイルに囚われずに自由に翻訳すればいいではないか」と思われた方もいるかもしれません。そこで、スタイルガイドは翻訳プロジェクトにおいてどのようなメリットがあるのか、ご紹介します。
一貫性の確保と読みやすさ
一つの文書内またはその企業やブランドの文書全体で一貫性を保つことができます。見た目に統一感が生まれ、文書の読みやすさも向上します(本記事冒頭に挙げた4つの文章をご覧ください)。大規模なプロジェクトでは複数の翻訳者が作業に当たることも少なくありませんが、翻訳者によってスタイルが異なるものになる事態を避けることもできます。後工程で訳文をレビューする際にも、レビュアーが独断でひとつひとつスタイルの不整合を解消する手間を減らせます。
翻訳の効率化
スタイルガイドがあれば、翻訳者がスタイルの選択に逐一悩まずに済み、訳文の検討そのものに時間を割けるようになります。その結果、訳文品質の向上も期待できます。特に複数の翻訳者がチームで作業する場合、この効率化は非常に重要です。
オンボーディングのしやすさ
新しい翻訳者がプロジェクトに参加する際にも、スタイルガイドを参照しさえすればスムーズに規則を把握できます。また、既存の翻訳との整合性も保てます。
品質管理の簡素化
主観的ではなく客観的な基準に基づいて翻訳やその品質をチェックできます。レビュープロセスがスムーズになり、不必要な修正や議論を減らすことができ、手間(=コスト)の抑制に繋がります。
ブランドアイデンティティの維持
特に企業のコンテンツを翻訳する際、スタイルガイドはブランドの「声」や「個性」を他言語でも一貫して伝えるための基準となります。これは国際マーケティングにおいて非常に重要な要素です。また、その企業・ブランドとして発信してはならないことも定められ、炎上や訴訟などさまざまなリスクを低減できます。
自社専用のスタイルガイドを作るには
過去に翻訳した文書がある場合は、その文書で使われているスタイルを抽出してスタイルガイドとしてまとめるという方法が最も簡単かもしれません。過去の翻訳資産をベースに作れば、その資産との一貫性も確保できます。また、翻訳資産ではなく、自社のWebサイトや代表的な文書からスタイルを抽出するという選択肢もあります。もし何をどう抽出してよいかわからない、取捨選択が難しい、といった壁にぶつかった合は、翻訳会社に依頼してみることもできます。弊社をはじめ、翻訳会社の中にはスタイルガイドの作成サービスを提供している会社もあります。
すぐに手に入る既存のスタイルガイド
スタイルガイドは自社で作ることもできますが一般に公開され、どなたでも利用できるものもあります。そのひとつが、日本翻訳連盟(JTF)が作成した「JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)」です。自社にスタイルガイドがない場合は、このスタイルガイドをスタート地点として利用してみてはいかがでしょうか。それを基に、内容に独自のカスタマイズを加え、育てていくのもよいかもしれません。
JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)
JTFスタイルガイドの目的(抜粋)
JTFスタイルガイドの目的は、和訳時の日本語表記を統一するためのガイドラインとなることです。日本語は文字の種類が多いため、和訳時に「どのように翻訳するか」を考えると同時に、「どのように表記するか」を決めなければなりません。また、実務翻訳では、言葉の表記のゆらぎをできるだけ排除して、表記を統一する必要があります。訳文での表記のゆらぎを防ぎ、スムーズに表記を統一するためのガイドラインとして、JTFスタイルガイドをご活用ください。
また、翻訳用に作られたものではありませんが、新聞各社が出しているハンドブックも補助として用いられることがあります。
記者ハンドブック第14 版 新聞用字用語集(共同通信社)
朝日新聞の用語の手引[改訂新版](朝日新聞社)
まとめ
以上、スタイルガイドの具体的な中身や、スタイルガイドを用いるメリットをご紹介しました。
翻訳の成果物の出来映えは、正確性や流暢さといった訳文そのものの品質だけで決まるわけではありません。テキストの表記スタイルも文書の読みやすさや見栄えを左右するものでもあります。
弊社では、ヒアリングを通じてお客様に最適なスタイルガイドを選定・作成する作業も承っております。これまでスタイルについて意識したことがなかった方は、是非一度ご相談ください。
