観光分野の英日翻訳をしていると、珍しい動物や豊かな自然環境で知られる観光地を取り扱うことがよくあります。このとき、意外と「生き物の名前」に注意する必要があります(特に機械翻訳では派手な誤訳が多くなりがちです)。たとえば、原文に「raccoon」という動物名があったとしましょう。この単語は一般に「アライグマ」を意味するので、機械翻訳なら確実に「アライグマ」になります。しかし、タヌキなどのアライグマに似た動物を指して「raccoon」と書かれていることもあるので、「タヌキ」と訳さねばならないケースもあります。このように、予備知識と正確な文脈理解が要求されるため、生き物の名前の翻訳は少々の特殊性を帯びます。
この記事では、翻訳作業に際して少々注意が必要な生き物の名前をいくつかご紹介します。ぜひ楽しくお読みください。
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ToggleRed Squirrel
単語の意味をそのまま訳せば「赤いリス」です。しかし、ここではリスの種名(エゾリスやシマリスなど)として書かれた「Red Squirrel」を想定してください。反射的に「アカリス」と訳しそうになりますが、実はそれだと誤りになる場合があるので、必ず事実確認を行いましょう。「Red Squirrel」でGoogle検索すると、トップに出てくるのは「キタリス」という種名です。ユーラシア大陸北部に広く生息するリスの総称であることがわかります。では「アカリス」では誤訳なのか?と検索してみると、「アメリカアカリス」を指してアカリスと表現する日本語記事(日本人が書いた記事)がそこそこヒットします。こちらは北米大陸北部に生息するリスです。
つまり、字面を読んだだけで「アカリス」としてしまうと、アメリカアカリスだと解釈される可能性が高そうです。これらは属レベルで異なる種類のリスであり、見た目もずいぶん違います(キタリスはエゾリスのように耳毛が長くなる種で、実際にエゾリスはキタリスの亜種です)。なるべく読み手に混同させないように、原文の舞台がアメリカなら「アカリス」か「アメリカアカリス」、ヨーロッパまたはアジアなら「キタリス」か「ヨーロッパアカリス」と訳すのが最も正確かつスマートです。
キタリス
(Dellex – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5632586による)
なお、当然ながら、北米大陸のアカリスがユーラシア大陸に何らかの原因で入ってきてしまったという文脈であれば、「ヨーロッパの(アメリカ)アカリス」という文章が生まれる可能性もあります。
clams、conches
「この浜辺にはたくさんのClamsが生息しています」というような文の場合、大半の機械翻訳ではアサリと訳されがちです。しかし、浜辺に生息するのはアサリだけではありません。実はこの言葉は、二枚貝全般を指すケースがあります。シジミ、ハマグリ、ホンビノス貝、その他食用貝、あるいは食用にならないその他の二枚貝までを網羅する言葉です。間違いなくアサリに限った話をしている場合を除き、「二枚貝」または差し支えなければ「貝」とだけ訳す方が、正確で読みやすくなることが多いでしょう。
同様に「Conches」も、「ほら貝」ではなく「巻き貝全般」であることがよくあります。本当に「ほら貝」だけの話をしているのでなければ、「巻き貝」または「貝」の方が収まりがよいです。このように、文脈によって解釈が少し変わってきます。
shells
おおよそは貝殻という意味になりますが、文脈によってはエビ・カニなどの甲殻類、またはその甲殻を指す場合があります。とはいえ、貝も甲殻類も「shellfish」と呼ばれることからわかるように、英語ではあまり強く区別されていないため、文脈を見ても判断できないこともあります。その場合は、仮訳を当ててお客先にご連絡することになります。
South American Sea Lion
これもキタリスと同じく、動物の種名です。誰がどう見ても「南米アシカ」に見えるのですが、さっそく検索してみると、結果は「オタリア」でした。アシカの仲間には違いありませんが、ナンベイアシカという和名はありません。この名前も、調査の必要性を実感させてくれます。
さて、アシカ類は、和名も英名も紛らわしいことになっています。アシカ科はいくつかの属に分類され、その中にオタリアや、トド、オットセイが含まれます。トドの英名は「Nothern sea lion/Steller sea lion」などですが、キタアシカ/ステラーアシカという和名は存在しません。一方で、ニホンアシカやカリフォルニアアシカなど、英名そのままの和名を持つ種もあります。オットセイに目を向けてみると、その英名は「fur seal」、毛皮アザラシです。無論、オットセイはアザラシではなくアシカの仲間です。
平易な名前ほど調査が必要
このように、生き物の名前を訳す際は、丁寧な調査や文脈を読み込む姿勢が求められます。植物の名前も概ね同じ状況ですが、動物の名前の方が平易に見えることが多く、そのぶん誤訳も起こりやすい印象です。また昨今は、Web検索でAI生成の記事や非専門家の記事が多数ヒットしてくることも多いため、信頼の置ける情報源を絡めて調べるファクトチェックの姿勢が不可欠です。
生き物の名前の裏には、長きにわたる人間との関わりと、分類学の歴史が詰まっています。ほんの2~3単語と侮らず、丁寧に訳すことを心がけたいものです。