英語版サイトはスタイリッシュでかっこいいのに、日本語版サイトは月並みでイマイチ刺さってこない。そう感じたことはありませんか。英語版の表現はワクワクや憧れを感じたのに、日本語版はどうも翻訳丸出しでダサくて野暮ったい。なぜなんでしょう。どこをどうすれば訴求力の高い日本語版サイトになるのでしょう。本記事では、陳腐化の理由と改善策を、「柔軟」というフレーズを通して考察します。

ITソリューション系サイトにあふれる「柔軟」

ITソリューション系サイトでよく目にする使い古されたフレーズの1つに「柔軟」があります。いわく、「柔軟な展開を実現」「お客様のニーズに柔軟に対応」「柔軟性の高いソリューション」「柔軟性に優れたサービス」…。どこかで何度も見たことがあるのではないでしょうか。

どの表現も言わんとしていることはよくわかります。「柔軟」という言葉には、ユーザーのニーズに合わせて自由に変更できたり、リアルタイムの需要に応じて的確に拡大縮小できたりすることをアピールする気持ちが込められています。とは言え、この「柔軟」のあふれ具合はなんとかならないものでしょうか。

「柔軟」に対応する英単語の代表は「flexible」です。形容詞「flexible」の語義は「曲げやすい」「柔らかい」「柔軟な」です。もしかすると、英語版サイトの原文に「flexible」が頻出しているのでしょうか。そこで実際に英語版サイトを調べてみると、確かに最も多いのは「flexible」なのですが、それ以外にも「elastic」や「fluid」などの単語もよく使用されているのがわかります。

 

elasticの意味

「elastic」という形容詞がITソリューション系サイトに頻繁に登場するようになったのは、2000年以降のようです。2000年は、オープンソースのApache Luceneをベースにした検索エンジンElasticsearchが産声を上げた年です。「Elasticsearch」という名称は、ブラウザーやアプリの検索ボックスの枠を越えて、Webサイトや地図ページ、社内資産や企業コンテンツ、ログ分析やセンチメント解析を対象として柔軟に(elastic)検索できる(search)ことを表しています。

このツールの登場以降、「flexible」に変わる形容として「elastic」がよく見られるようになりました。たとえば、Amazon Elastic Compute Cloud(EC2)やMicrosoft Azureなどのクラウド サービスでは、時間あたりの料金で必要な時に必要な分だけリソースを利用できることを「elastic」と表現しています。形容詞「elastic」の本来の語義は「弾力性のある」「伸び縮みする」です。その語義が示すとおり、クラウド サービスは、リアルタイムの需要に応じて、処理能力、メモリ、ストレージなどのリソースの利用量を増減できる、伸縮自在なソリューションというわけです。多くのベンダーが、管理と拡張が簡単で、コスト効率と可用性が向上し、コストを削減できるとメリットをうたっています。

 

fluidの意味

「fluid」の本来の語義は「液体の・流体の」です。そこから転じて、「流動的な」「なめらかな」という意味も備えています。

ITソリューションの分野で最初に「fluid」が使用されたのは、データ ストレージの領域です。アクセス頻度の低いコールド データを高速で高価なストレージから安価なディスク/テープ ストレージへ自由に移動できることを「fluid」と表現しています。

この頃では、「fluid」が、シームレスでスムーズという特徴を表すためにも使用されています。Microsoftでは各種アプリの枠を超えたリアルタイムの共同作業を円滑化するフレームワークの名称に「fluid」を使い、Googleではサイズを動的に変更できる広告タイプに「fluid」を用い、Appleでは人間の思考や動きを妨げないインターフェイスの名称に「fluid」を冠しています。

そして、最近になって「elastic」が狭義の語義をやや離れて「柔軟」という意味で広く使われだし、見慣れた表現になってくると、それに代わって「柔軟」を指す文脈で刺さる形容詞として「fluid」に白羽の矢が立ち、本来の語義を離れてITソリューション分野で使われるようになり始めています。

 

陳腐化の原因

「elastic」も「fluid」も、その新奇性、見慣れなさが好まれ、「柔軟」を表す文脈で広く使用されるようになっています。柔軟性をうたいたいけれど陳腐化した「flexible」を避けるために好んで使われており、書き手が狙ったキャッチーなインパクトとして一定の効果があるようです。

ところが日本語版サイトでは、これらの単語のいずれにも「柔軟」が当てられているケースが少なくありません。原文が陳腐さを避けて工夫している一方で、日本語版サイトでは「flexible」も「elastic」も「fluid」も「柔軟」と訳されている例があります。その結果、原文の狙いとは正反対に、冒頭に挙げたような代わり映えのしないフレーズが並ぶ状況が生まれているわけです。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。原因として考えられる事情はいくつかありますが、その1つに「翻訳資産」が挙げられます。

翻訳資産とは、企業がこれまで進めてきた各種コンテンツの翻訳の蓄積です。翻訳資産は、クライアントから翻訳会社に用語集や翻訳メモリといった形で提供されます。用語集とは、製品や機能の名称をターゲット市場向けにどう訳すかを指定した資料です。翻訳メモリとは、原文と訳文のペアが格納されたデータベースです。翻訳メモリにはクライアントがOKを出した訳文が豊富に蓄えられているため、翻訳者は用語集等で判断できない訳語を検討したいときやメリットをアピールする既存のフレーズを確認したいときなどに、翻訳メモリを検索します。

たとえば、原文に「elastic」が登場したとき、この単語が過去にどのように訳されていたかを調べるために、翻訳メモリで「elastic」を検索します。表示された検索結果には、「elastic」を含む原文とそれに対応する訳文が一覧表示されます。このとき、既存の訳文で「柔軟」が繰り返し使用されていると、翻訳者は自分の仕事でも「elastic」の訳語として「柔軟」を選びます。

「そんな仕組みになっているの? そんなふうに訳語や表現が選ばれるの?」と思われたでしょうか。実のところ、普通はそんなに無批判に訳語を選択することはありません。一般には、営業担当者がお客様の要望や好みをくみ取り、それを翻訳者に細大漏らさず的確に伝え、翻訳者は毎回お客様の要望やコンテキストに応じて訳語を検討し、原文が狙った以上の効果を醸し出せるように頭をひねります。不明点があればクライアントにこまめに確認したり、複数の案があればクライアントに相談したりすることもあります。そうならないケースがあるとすれば、低料金で受注された翻訳案件が下請け・孫請けに投げられた場合とか、機械翻訳に通したあと最小限だけ手を加えた場合などでしょうか(翻訳料金と機械翻訳については、それぞれ下記の記事をご覧ください)。

 

 

 

「柔軟」の代替案

では、原文の書き手がまだ耳なじみのない単語を使ってユーザーに刺さる文章を作ろうとしたその意図を、日本語版サイトにしっかり反映するには、どんな手があるでしょうか。

取り得る手法はさまざまありますが、ここではその一部を具体例とともにご紹介します。

 

1. 辞書の「flexible」の項に載っている「柔軟」以外の訳語を使う

当然のように思いつく手立てで、多くの翻訳会社がとっている手法です。たとえば…

  • 「自由自在に展開できます」
  • 「フレキシブルに対応します」
  • 「融通の利くソリューションです」
  • 「フレキシビリティを発揮します」
  • 「さまざまなニーズに適応します」
  • 「順応性に優れています」

 

2. 対象の製品やサービスの機能やメリットから考える

この手法も、ごくごく普通によくとられます。たとえば…

  • 「お客様のニーズに合わせて思いどおりの展開を実現します」
  • 「弊社スペシャリストがいつでも臨機応変に対応」
  • 「後から好きなだけ変更できます」
  • 「ニーズを予測できなくても安心」
  • 「会社規模や事業が変わっても、そのままお使いいただけます」
  • 「乱高下するビジネスニーズに安定して対応」
  • 「簡単設定で使用量を変更」
  • 「リソース余りを解消」
  • 「過不足を我慢する必要なし」

 

3. あえてミスマッチな表現と組み合わせる

原語の見慣れなさを反映するために、日本語部も「普通はこの文脈では使用しないような表現」を使用します。狙いすぎているきらいもあるため、使いどころは限られますが、あえて違和感を持たせるインパクト重視の手法です。たとえば…

  • 「しなやかな展開を実現」
  • 「円転滑脱にデプロイ」
  • 「ニーズに合わせてゴムのように拡縮」
  • 「打てば響くスケーリング」
  • 「当意即妙のサポート」
  • 「柳のように自在変更」
  • 「デジタル環境をアナログにケア」
  • 「わがまま歓迎」
  • 「現実はいつも料金体系の斜め上」
  • 「プラン選びが憂鬱な方へ」

 

4. 新しい言葉を作る

とはいえ、上記程度はどの翻訳会社も考えますので、新奇性を狙うなら、いっそ造語という手もあります。成功すれば、イメージにぴったりで、なおかつ大きな印象を残せます。はずすと痛々しいですが…。たとえば…

  • 「柔応無尽」
  • 「如意力に優れたソリューション」
  • 「ボリュームコンシャスなサービス」
  • 「ノーモア・ノーレス」
  • 「ちょっきり契約」
  • 「のべつフィット」
  • 「丸投げ自在」
  • 「おおぶねベンダー」

 

おわりに

いかがでしょうか。上記以外にも、翻訳会社は、純粋な「翻訳」の枠を超えた手法をいろいろ持っていますので、日本語版サイトの陳腐化にお困りであれば、ぜひ一度お話をお聞かせください。

また、本シリーズの下記記事もぜひご覧ください。

 

シリーズ「外資系企業を、ダサく伝えてしまう翻訳」