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Toggleはじめに:ズレた翻訳じゃ、伝わらない
「最新のアプリケーションを構築して、イノベーションを加速しましょう」
「従来型の開発から、イテレーションを回す俊敏な開発へ」
みなさんは、翻訳されたWebサイトでこうしたフレーズを目にして、なんとなくモヤッとしたことはないでしょうか? 言いたいことはわかるけれど、日本語の意味が伝わってこない。どういう意味か考える時間も惜しいから、読むのをさっさと中断して、他のWebサイトに移る。英語が正しく日本語に翻訳されていれば、避けられた悲劇です。
こういう日本語に出会って、読むのをやめずにちょっと考えてみることあるかもしれません。そして、「最新のアプリケーション…もしかして、モダンアプリケーションのこと?」、「俊敏な開発…あ、アジャイル開発?」と理解する…ものの、「こんなズレた言葉を使っているWebサイト・会社は信用できない」と感じないでしょうか。
読者(=現在の顧客/未来の顧客)と信頼関係を築くうえで、正しい言葉を選ぶことはとても重要です。こうした「言葉のズレ=翻訳ミス」が他社のWebサイトで起きているだけならまだよいものの、もし、みなさんが自社Webサイトの翻訳を翻訳会社に依頼した結果、このようにズレたWebサイトになってしまったとしたら…?
この記事では、「モダンアプリケーション」という言葉を例に、こうした「ミス」が翻訳で起きてしまう原因をご紹介します。また、「言葉のズレ」のない翻訳を実現するためのポイントもお伝えします。
ズレて翻訳されがちな言葉:モダンアプリケーション
さて、今回ご紹介する「ズレて翻訳」されがちな言葉は、IT界隈ではもはや常套句と化したこの言葉です。
Modern application = モダンアプリケーション
「modern」には「最新の・現代的な」という意味があるので、一見すると、「現代的なアプリケーション」という訳もよさそうに思えます。しかしその訳では、「Zoomのような、最近出回っているアプリケーション」と混同されるおそれがあります。では、「最新のアプリケーション」なら?…こちらも、「最近リリースされた新バージョン」のようなニュアンスが混じってしまいます。
たとえばAWSの定義(『AWS モダンアプリケーション開発』)にならえば、モダンアプリケーションとは…
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- セキュリティ
- 弾力性
- 伸縮性
- モジュール化
- 自動化
- 相互運用性
を備えたアプリケーションであるとされています。厳密な定義は企業や開発者ごとに異なる場合もあるかと思いますが、「最新の・現代的な」という日本語ではカバーしきれない意味合いが内包されていることは、間違いありません。
また、「モダンアプリケーション」は、DX(Digital Transformation = デジタル トランスフォーメーション/デジタル変革)やCI/CD(継続的インテグレーション & デプロイメント)、DevOpsやDevSecOpsと並び、今日のビジネスでは外せない概念です。それだけに、「モダンアプリケーションの開発を支援するソフトウェアやサービス」を提供している企業はもちろん、「自社製品はモダンアプリケーション」と売り出したい企業にとって、「ズレた」表現は避けなければなりません。
じゃあ、どうしてズレた翻訳は生まれるの?
では、「Modern Application = 最新のアプリケーション」という翻訳のズレ(極端に言えば誤訳)は、どうして生まれてしまうのでしょうか?
あくまでも翻訳会社の視点ですが、少し考えてみたいと思います。主な理由は次の3点に集約されそうです。
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- そもそも「Modern Application」を知らない
- 「モダンアプリケーション」は知っているけれど、文脈から違う意味の言葉だと判断した
- カタカナ語は避けたい
翻訳がズレる原因1:「Modern Application」を知らない
これが原因であれば、きわめて厄介です。翻訳に限らず、どのような仕事の現場でも「知らない語句に出会ったら調べる」のは必須なのですが、「Modern」も「Application」も、それほどむずかしい言葉ではありません。そのため、かえって深く考えることなく「現代の+アプリケーション」として済ませてしまいがちです。
辞書やネット検索(Googleなど)で調べやすい時代であるとは言え、「似たような言葉」を知っていたり、「特別な意味のある言葉かも」と疑ったりしない限り、「調べよう」という発想は出てきにくいものです。
翻訳者が、「見慣れた単語」と「見慣れない単語」のどちらに対しても細心の注意を払う必要があるのは事実です。しかし、IT業界の翻訳案件は、往々にしてタイト。納期に追われている翻訳者は、「Modern」と「Application」のように見慣れた簡単な単語で構成されている言葉ではなく、他の見慣れない言葉に、限られた時間を費やしてしまいがちです。
この場合の解決策としては、
A. 専門知識があると評判の翻訳会社に依頼する
B. 納期に多少の余裕をもたせる
の2つが考えられます。
ただ、いくら専門知識を備えた翻訳会社とは言え、「モダンアプリケーション」という言葉ほど普及していない最新用語が相手では、調査に多少の時間がかかるかもしれません。もし可能であれば、「依頼→翻訳→納品」のサイクルにかかる時間に余裕を持たせられないか、検討してみることもおすすめします。
翻訳がズレる原因2:文脈などから違う意味の言葉だと判断した
原因1ほどではありませんが、こちらも厄介です。「翻訳者はこう思った」で止まってしまっているので、「翻訳者がモダンアプリケーションを知っている」ことも、「あえて違う言葉を選択した」ことも、依頼者側が知ることはできません。
こういうケースに有効な解決策が、「申し送り(クエリ)」です。つまり、納品前に、翻訳者から「文脈から、モダンアプリケーションという定訳では不適切と考えられる。違う訳語を当てようと思う」のような報告をあげてもらうようにするのです。原文の著者との連絡がつく場合には、「わかりきった質問かもしれないが、この『Modern Application』というのは『Recent Application(最新のアプリケーション)』の意味であって、『Modular Application Development』などのコンテキストで使われる言葉ではないですね?」のような、簡単な確認で問題を解消できるでしょう。
また、現代の翻訳の現場では、以下のような訳のズレをなくすためのツールが広く使用されています。
- 翻訳メモリ:「過去の原文と訳文を蓄積して、後から参照できるようにするツール」です。納品後に翻訳会社が依頼側からのフィードバックを受け、「モダンアプリケーション」を使用した訳文を「翻訳メモリ」に登録しておけば、「こういう案件では『モダンアプリケーション』を使ったほうがよい」と判断しやすくなります。
- 用語集:「英語と訳語(+必要に応じて定義など)をまとめた辞書」のようなものです。「モダンアプリケーション」をはじめ、「ズレを出したくない用語」を用語集に登録すれば、こうしたミスが起きる可能性は大きく抑えられます。
翻訳会社によっては、依頼者専任の担当者が翻訳メモリや用語集を管理し、依頼者からのフィードバックをこまめに蓄積しているところもあります。そうした翻訳会社を選び、翻訳のワークフローに「依頼者からのフィードバック」を組み込んでみてください。最初のうちはある程度のフィードバックが必要になっても、次第に期待通りの(あるいは期待以上の)翻訳物が納品されることでしょう。
翻訳がズレる原因3:カタカナ語は避けたい
この原因の背景には、「翻訳とは何か?」と追求する翻訳者ならではの、ある種の副作用があると言えるかもしれません。「翻訳=外国語を日本語になおすこと」という理念に基づくと、「modern = モダン」とカタカナ語にする行為は翻訳ではない、という理屈が生じるからです。「アプリケーション」は一般的なカタカナ語になっているから他の言葉には置き換えられない。そうであるならば、「modern」を「最新」と翻訳しよう、という意識が働くのです。
また、このような翻訳では、往々にして漢字が多くなりがちです。読みやすさの観点で「漢字:ひらがな=3:7」と推奨する書籍もあるように、漢字だらけの文章は(人によっては)読む意欲をなくすもの。この場合は、「もう少し読みやすい日本語にしてほしい」と、リライトを依頼するとよいかもしれません。
おわりに:翻訳のズレをなくす鍵は「密なコミュニケーション」
「業界では当たり前の言葉が、翻訳ではズレて訳される」ことは好ましくありませんが、決して珍しいものでもありません。こうした「翻訳のズレ」をなくす鍵は、結局のところ、ひとつだけ。
ズレがあったら、依頼者から翻訳者にフィードバックを返す
「伝わる、刺さる翻訳」を実現する鍵は、モダンな開発と同じく、当事者間でコミュニケーションを綿密にとり続けることです。メールやチャットはもちろん、「申し送り」、「翻訳メモリ」、「用語集」など、現代の翻訳では、コミュニケーション不足を解消する手段やツールが広く普及しています。思うような翻訳物が得られない場合には、まずはこうした手段・ツールの力で認識のズレをなくせないか、検討することをおすすめします。
なお、テクノ・プロ・ジャパンでは、「それぞれのお客様に専属の品質管理担当者を1名任命し、お客様に好まれる日本語の表現や専門知識などを一元管理し、フィードバックを蓄積する体制」を整えています。「伝わらない、ズレた翻訳」ではなく「伝わって、刺さる翻訳」をご希望であれば、ぜひ一度お問い合わせください。