ちょっと前にyoutubeのおすすめでyoutuber草彅チャンネルが出てきたので、ふと思い出したことを少し。

 

たいそう前の話で恐縮ですが、普段ほとんどTVを見ない私が久々に能動的にテレビをつけたのは、SMAP×SMAPの最終回でした。私にとってSMAPは、遠い親戚か、近所に住んで日々挨拶を交わす程度のお付き合いがあるお兄さんといった感じの存在だったからです。

もちろん、実際には血の繋がりも地域的なつながりも一切ありません。私が勝手にそういう程度のゆるい親近感を抱いている、というだけの話です。

記憶にある限りの最初は小学校低学年、「笑顔のゲンキ」だったでしょうか。人によっては、アニメ「姫ちゃんのリボン」の主題歌といえばわかるかもしれません。母が買ってきた1枚のシングルCDを何度も聞いた覚えがあります。それこそ胸の奥でリピートを繰り返すくらいには。

母の推しメンは稲垣吾郎でした。私には当時、なぜか彼の真ん中分けの髪型が印象的だったようで、真ん中分けイコール稲垣吾郎みたいな時期すらあったほど。実際、ぬいぐるみのスヌーピーの耳をいじって「吾郎」とかやってました。すみません。今調べてみると、「笑顔のゲンキ」の時期にそこまでくっきり真ん中分けだったような感じもないのですが・・・。

よくわからない方のために図解

 

車に乗ればアルバムCDからダビングしたテープがエンドレスに流れ、年に1回はコンサート。握手会にも連れていかれましたっけ。ですから、キックベースといえば「夢がMORI MORI」を思い出す。「Happy Birthday」と言われて連想するのは、きっとみなさんと全然違う曲。渋滞をすれば「歩いたほうが早いくらい」とドアを降りる真似をしたくなる。新しい冷蔵庫を買えば、チョコミントアイスやコーラを冷やしてみたくなる。知覚過敏で歯が痛めば、頭がパンクする思いがする。おそ松さんが流行れば「あれ、スマイル戦士 音レンジャー?」と思う。最近大阪に初めて足を踏み入れたときも、「ここがエエもん安いもんが名物のところか」と考えたものです。私の人生、特に小さい頃には、常にSMAPというグループの存在があったと言っていい。

年々文字の減っていくファンクラブ会報に「いつかはそんなこともあるのかな」とは思っていましたし、そこまで熱狂的に好きだったわけでもない。どちらかと言えば、消極的な愛着に近いでしょう。でも、解散と聞くと、どうも寂しい気がする。あのお葬式のような最終回を見たのは、「さよなら。」と言えば私の傷も少しは癒えるだろう?・・・という気持ちがあったのかもしれません。脱退した森君の扱いを思うと、TVで二度と見られなくなるということすらあり得たわけですし。

それからもうじき2年。事務所を退所した3人は確かに露出こそ減ったものの、たまに目にする機会があると、どこか自由で楽しそうに見えます。まさにfree bird。私はそれを、どこかホッとするというか、嬉しくというか、なんとも形容しがたい気持ちで眺めています。

 

自分の人生との接点など朝の挨拶程度。でも、引っ越してしまえば悲しい。

あるいは、顔を合わせるのは数年に1回もない。でも、年賀状で幸せそうな写真を見ると、こちらまで幸せな気分になる。

そんな気持ち。わかっていただけますでしょうか。

そして2018年。スヌーピーはリーゼントにされたりもしている。