友人Iが仕事で上京するというので、タイミングを合わせて神楽坂へ。私が学校を卒業し、紆余曲折しつつも翻訳というものに向き合い始めた頃に住んでいた街だ。この街で自分の身の振り方を考え、神楽坂の路地さながらに迷い、ひとつひとつ答えを出していった。(社長のハリー)

 

Iとはずっと前からの友人であるが、神楽坂で会うことが多かったので、この街は彼との友人関係を象徴するものの一つになっている。二人とも長く訪れていなかったので、街の新陳代謝が目に付いた。「よく一緒に食べにいったあの店がなくなってるね」「神社の社や境内が綺麗になったね」「このパン屋の名物の値段がだいぶ上がっている」。自然とそういう会話になる。私が住んでいたアパートも改装され、昔とは様子が違ってしまっていた。あの頃はアパートの一室に車好きの大家さんが住んでいて、車をいじりながらよく雑談に応じてくれた。そういえばこの街を出て行く前日も、「餞別代わりに」と美味しいお蕎麦屋さんに連れて行ってくれたっけ・・・。

しばらく逍遙した後、かつて何十回、何百回となく通った中華料理屋に入った。仕事が忙しいときでも、この店でラーメンを啜り、すぐ側の喫茶店で一服して、駅前の書店で立ち読みするというのがお決まりのコースだった。店員さんの中に懐かしい顔があった。記憶の中にあるそれよりもだいぶお年を召していて、時の流れというものに少なからず衝撃を受けたのだが、こちらに気が付くとすぐににこっと笑い、「いつもの塩ラーメン?」と声をかけてくれた。覚えていてくれたようだ。今とあの頃を繋ぐ記憶の回廊に、ポッと灯が点ったような気がした。

街の雰囲気や建物は変わり、人もあの頃のままではないのだろうが、塩ラーメンの味はあの頃のまま、同じだった。また都内に居を構えることがあれば、この街に戻ってきたいなと思った。