すべてが終ったとき、地球上には二人の人間が残った。二十年後、年上の男が死んだ。

-ジャック・リッチー、『クライム・マシン』後書きより

みなさまおげんきでしょうか。好きな鉄道は一畑電鉄と西武多摩川線、嘉汕?です。

唐突ですが、みなさんは読書好きでしょうか?嘉汕は音楽や天文学と同レベルで本が好きです。ただ、本は好きでもなかなか読み終わらず気づけば朝、という経験がある方は少なくはないのでしょうか。また、本は嫌いじゃないけれどそもそも読む時間をつくれない、という方もいるかと思います。

そこで今回は2021年一本目として、すきま時間にさくっと読むのにぴったりな短編集5冊をご紹介します。

物しか書けなかった物書き』(ロバート・トゥーイ)

「おれは、いつも、いい物を書く物書きなんだ」
(同所収「物しか書けなかった物書き」より)

不条理な運命に翻弄される人々をやさしく、しかし飄々と描いたロバート・トゥーイ(1923年~)による(現時点で)国内唯一の短編集。同時代のジャック・リッチー以上に変化球的な不条理ミステリを持ち味としており、どの短編をとっても登場人物とともに展開に翻弄される気分を味わえます。

個人的な白眉は、ギャングとして「上」を目指す少年の悲哀を描いた「そこは空気も澄んで(Up Where the Air Is Clean)」。やるせない読後感がクセになります。次点で、とあるタクシー運転手が巻き込まれた幻想的な事件を描いた「オーハイで朝食を(Breakfast at Ojai)」。ここまで温かさと寂寥感が入り混じったラストにはなかなか出会えません。翻訳者としての視点で見ると、原題「The Man Who Could Only Write Things」にぴったりとはまった邦題もお気に入りです。

道化の町』(ジェイムズ・パウエル)

「それで、犯人を欺くため、わざとドアにホッチキスで留められたのですね?」
(同所収「折り紙のヘラジカ」より)

「ミステリに魅せられたユーモア作家」ことジェイムズ・パウエルの短編集。特におすすめは道化師(とパントマイマー)だけが暮らす街を描いた表題作や、あまりにもまぬけ過ぎる警官の活躍(?)を描いた「折り紙のヘラジカ」など。先に紹介したロバート・トゥーイが「日常の中の非日常」なら、こちらは「非日常の中の非日常」というべき奇想天外な舞台設定がまず目を引きます。しかし、いずれもリアリティのタガが外れたような作品ながらプロットは緻密(事件物はトリックも精密)なので、風変わりなミステリが読みたい方には特におすすめです。

一文物語集』(飯田茂実)

宇宙空間に巨大な鏡が浮かんでいる。

冒頭に挙げたジャック・リッチーの小品のように、徹底的に無駄を削ぎ落とした簡潔さが短編小説の醍醐味。とはいえ本作は上に挙げたような「1行」の作品をはじめ、すべてが「1文」の作品で構成されています。それでも全編にわたって思わず話の前後を想像してしまうような不可思議な空気に満ちており、どこをとっても長編小説を読んだときのような感慨に浸れます。いつでもどこでもすきま時間を埋めることにかけては、おそらく本書の右に出るものはないかもしれません。

牛への道』(宮沢章夫)

静寂と落ち着きである。
岩に染み入るものがある。
おお、蝉の声だ。
(同所収「三行目の感動」より)

「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」の作・演出家である著者が、退屈な日常を独自の視点でユーモラスに描いたエッセイ集。俳句の英訳→再翻訳という過程で生じる謎の感動をテーマにした一節をはじめ、劇作家の発想力が光るおもしろおかしい作品が溢れています。「読むという病」の章ではさまざまな書籍がこれもまた独自の視点で解説されており、次に読む本を探す役にも立ちます。

なんとなく疲れたとき、頭がどうにもまわらないとき、リラックスと笑いが欲しいならこの著者を(干支にちなんでこの一冊を挙げましたが、他のエッセイ集もどうぞ)。

掌の小説』(川端康成)

胴は鳩程太くはないが、拡げた翼は鳩の広さだ。
(同所収「母国語の祈祷」より)

「骨拾い」などの自伝的作品から、鋭角的に人間性に切り込む「質屋にて」、スケッチ的な「笑わぬ男」、奇妙で幻想的な「不死」など、文豪のあらゆる要素が込められた多種多様な掌の小説122編を収めた短編集。?の生まれてもいない大正末期~昭和中期が舞台ですが、一編一編に情景が溢れており、すんなりと話に入っていけるものばかり。

ふと日本語を味わいたくなったときに読むなら一番おすすめの一冊です。

星新一やフレドリック・ブラウンで育った短編小説好きとしていくつかご紹介してみましたが、興味のわく本が一冊でもありましたでしょうか。

まだ好きな作家がいないという方は、『名短篇ほりだしもの』や『超短編アンソロジー』などでいろいろな作家さんを探してみるのもおすすめです。ただ、今回は「すきま時間に読める本」をテーマとしたのですが、短編であっても次から次へ読んでいると結局時間が足りなくなります…。読みすぎ、夜ふかしにはどうぞご注意を。嘉汕?でした。