いやはや、先日結婚しましてですね。家長になりました。(庶務課、光留)
もっとも、妻となった人は仕事の都合上少々遠くに済んでおり、絶賛別居中です。このため、現時点の私の日常にはなんら変化がありません。つまりは、婚姻障害事由の存在しない男女の間に婚姻意思の合致があり、所定の届出を提出してきたというだけのことなのです。指輪すらまだできあがっていない。ですから、家長とはいってもせいぜい、外国のお姉さんの働くパブに行ったときに、「カチョウサン、カチョウサン」と呼ばれたりすることもあるかな、というくらいでしょうか。「カ」の部分にアクセントを付ける感じで。行ったことはありませんが。
ただ、夫婦には同居義務なるものが存在します。ゆくゆくは一緒に暮らすのです。他人だった者(ついでに、一人が長かった者)同士が、共同生活をする。そこには、「結婚」という言葉から連想しがちなドラマチックな光景とは異なる、もっと地味な何かがあるはずだと思うのです。
しかし、その有様を具体的に想像するのは、なかなか難しいもの。普通に暮らしていると、肉親以外の他人と共同生活するなどという体験は皆無だからです。
・・・いえ、すみません。ありました。ヨーロッパのとある国で数か月間、他人と同じ部屋で過ごしたことが。
その人はアメリカ人で、ベジタリアンで、そして、ゲイでした。
この話をすると、多くの方が「大丈夫だった?」と聞いてくるのですから不思議なものです。ゲイとは、単に性的指向が同性の人間を指すにすぎないというのに。それが目の前の人物に向かうかどうかというのは、純粋に対象の人物の魅力と、本人の好みに左右されるわけです。誰かれ構わずジュテームというわけではないのは、異性愛者も同性愛者も同じではないでしょうか。
そういう次第ですから、困ることといえば会話の最中にハンサムが通りかかると話を聞いてないくらいで、生活は至って平穏でした。お互いに部屋に友達を呼び込んでパーティという柄でもありませんでしたし、二人して変に気を遣う性格だったのも幸いだったのかもしれません。
ところが、そんな彼がある日、言いにくそうにこう言うのでした。
「キミは、割と大きないびきをかくね」
知りませんでした。高校からずっと一人部屋だったこともあって、いびきをかいていたとしても気が付かなかったのかもしれません。
「いやそれは申し訳ないことをしていた。だから耳栓をして寝てたわけね」
「そういうことになるね」
「気になるようなら都度起こしてくれてもかまわないが」
「そうさせてもらうよ。横向きやうつ伏せだといびきを抑えられるらしいから、試してみるといい」
「了解」
「しかし、面白いね」
「それはまたなんで」
「いや、キミは比較的静かな人間なのに、夜のいびきはうるさい」
黙れ小僧(公式英訳:Silence, Boy)と言いかけましたが、静かにしないといけないのはどちらかというと私の方ですし、気の利いた冗談には気の利いた冗談で返したい。そこで、こう返してやったわけです。
「思うに、眠っている間は、普段静かな分だけ内なる野獣が目を覚ますんじゃないかな」
やってやったぜ、と思いましたね。ええ。やってやりましたとも。たとえ、この時に使った英語が微妙に間違っていて、「ベッドのうえでは野獣なんだぜ」くらいの意味になっていたとしても。
それでも、一夜の過ちなどなかった。そういう距離感もあるのです。世の中は広いのです。よろしくお願いいたします。